民主主義の再建と政治家の世代交代を劇的に促進させるインターネット的施策

2022.10.30

小さく変わる政治

インターネットによる「思考停止」

誰もが日常的にインターネットを使う時代。SNSが実社会を肩代わりしたことで、大衆文化の一端を担う人々の存在はますます力を帯び、今や彼らが政界まで進出したと思えば、むしろ政治が大衆文化となりつつある。

「政治が大衆と結びつく」といえば一見聞こえがいいように思えるが、それが社会を間違った方向へ押し進めてしまっている感も否めない。つまり、大衆が「自分の頭で考える」ことなしに例えば選挙などに関与してしまっていることは、ひとつ「民主主義らしいシステムに準えた、方正ではない民主主義の姿」と言えそうだ。
この「政治に対するインターネットの悪影響」を考える時真っ先に連想されるのは「リテラシーの格差」だろう。政治でもなんでも「関心がない」ということは裏を返せば「現状に不満がない」ということでもあるが、ただしあまりにもリテラシーが低いと人々は「自分の頭で考える」ことを放棄してしまうので、結果的に民主主義がポピュラリズムに傾倒しやすい現状がある。

インターネットによる「翻訳」

これを問題とみて、人々のリテラシーを引き上げるための施策が多くなされている一方、「全員が積極的にリテラシーを上げて民主主義を良好に保つ」という方向性は理想論のようにも思える。
そこで、報道機関や個人が公正に情報を整理し言葉を噛み砕いて人々へ趣旨を「翻訳する」ことは、この「彼らに強いられる積極性」を下げることに大きく寄与している。これは「政治に対するインターネットの良い影響」と言えよう。他にもオンライン投票などは興味深く、これらは民主主義の立て直しに一役買ってくれるのかもしれない。

インターネットでもっと根本的に政治を良くすることは可能か


しかし果たして民主主義が改善したら、政治が良くなるのだろうか。
例えば「政界の高齢化」。どれだけ健全な民主主義が実現しても、既得権益は健在であり続けるのではないか。また、テクノロジーについて明るく先鋭的な政策を掲げる若い候補者が現れたとして、その人は政治家としての信頼をどう勝ち取れるのだろうか。

今から展開する論は先ほどシャワーを浴びていた際にふと降りてきたアイディアを少々こねくり回したものである。ちなみに私はこの手の話題についてまだまだ勉強不足であるがゆえ、バスローブに身を包んだ時には疲れ切って考えるのをやめた。もしくは考えていることがひどく杜撰に感じられて嫌気が差したのかもしれない。
そんな最高にクールなアイディアを以下に認める。

大きく変わる政治

候補者の言説をおままごとに「翻訳」し、彼らの「思考停止」を見破る

まず最初に私が提示したいのは「自分の頭で考えていないのは”投票する側”だけなのか?」という視角である。冒頭の話題のように、大衆が思考停止してしまっている現状がある一方で、例えこの状況が改善したとしても、選挙を通じて選ばれた政治家が政界で政策を実行しなければ意味がない。したがって、なるべく「ちゃんと自分の頭で考えて政策を実現するための正しい努力ができる立候補者」を議席に並べたい。
そこでインターネットができるアプローチのひとつとして私が提案するのが「おままごと・コモンズ」である。

OC(おままごと・コモンズ)


そのコンセプトは極めて明快である。ずばり候補者の言説について、難しい用語をすべておままごと用語に置き換えて文を再構築し、それがおままごとで遊んでいる幼児の発言だとした場合の非現実性の観測を試みる。
例えば「教育データを標準化します」というのは「ニンジンはこのお皿に3つまで、ジャガイモはこのお皿に2つまで乗せていいよ」と翻訳される。一方「教育データを標準化することで、個別に学習環境を最適化します」というのは「ニンジンはこのお皿に3つまで、ジャガイモはこのお皿に2つまで。あ!太郎くんまたニンジン1本しかとってないじゃん!(もしかして苦手なのかな?そうだ、花ちゃんはカレーをつけてあげたら食べれるようになったな) …はい、これカレーのルーだよ!(… あれ?ジャガイモに至ってはお皿すら取らずに行っちゃう。もしかしてジャガイモの食べ方を知らなくて、でも私に聞くのを恥ずかしがってるのかな?私からこの包丁で切るやり方教えてあげようかな)」である。

どんな「難しそうな意見」もおままごと用語に変換して再読すれば、その候補者がどれくらいまともなのか(おままごとをしていた頃からどれくらい成熟したのか)が瞬時に判断できる。例えば「保育士が不足しています。これは重大な問題で、早急に解決する必要があります」という発言は「あ〜!ナスがない!!ママ!ナスがなくなっちゃったどうしよう!!」と変換される。この時おままごと用語に変換したものを読めば、この候補者が解決策を考えずただ問題を問題と訴えているだけに過ぎないことが手に取るように判る。良い社会を創出していくためには、こういった「自分の頭で考えていない候補者」を政界に送らないことが大切ではないだろうか。

おままごと・コモンズが優れている点は、これまでのように「国民の言語レベルを上げる」のではなく、「候補者の言語レベルを下げる」ことによってリテラシー格差を是正すると同時に、専門性の高い単語によってできたカモフラージュを剥いで、候補者の真価を透明化することにある。また、これが「翻訳」であり報道のように「意味の解説」を伴わないことが重要であり、最もユニークな点である。つまり、ツイートのような現代人が慣れたフォーマットで、極めて大衆文化としての適性が高く、候補者の言説の「それらしさ」を”感覚的に”体感することができるのだ。

こうして、候補者の言説をそのまま公開するのではなく、一度おままごと用語に変換をかけてからインターネット上に流布させることによって「国民が社会に関心を持ち、国民が政策の是非と候補者の信憑性を加味し、選挙を通じて抜本的に政治を変えていける」ことがおままごと・コモンズの本質であり、これはインターネットの強みを最大限に生かした、いわば「インターネットによる政治の大転換」の起爆剤となり得る。

OCライセンス実装に向けて

このアイディアの実現には多くの体裁が考えられるが、私は「掲示板」を設けるのがベストだと考える。
具体的には、いわゆるインターネット上の掲示板のような場所に、候補者別に「あらゆる発言や提言、答弁や発行した文書」がおままごと用語に変換されて掲載される。実際は、候補者がサイトに自身の言説をポストすると、それは下書きとして保存され、登録された専門家がそれをおままごと用語に翻訳して掲示板に投稿する。WikiTribune Socialのように一般の閲覧者が校閲できるようにしてもいいかもしれない。

そして、例えば候補者は希望すれば自身のTwitterアカウントと紐付けが可能で、専門家によるサイトへの投稿がされると同時に、そのTwitterに「実際の言説」とその「おままごと翻訳後の文」が並んでツイートされる。
自身の真価を証明したい若い候補者は、このサイトへの投稿を積極的に行うことで信頼を得ることができ、また政治家歴が長いがこの活動に積極的でない候補者については「政治活動に消極的で既得権益に頼っている」という評価がされる仕組みだ。
もっとこれを色濃くしようと思ったら、例えば毎月のサイトへの投稿数に一律の上限を設ける代わりに、本人以外の一般人がその候補者の言説を投稿できるようにすると面白い。こうすると若くて知名度の低い候補者は投稿を自身の手中に収めやすく、知名度が高い候補者はより公正な「おままごとチェック」にさらされるような「望ましい不平等」を構造的に作り出して世代交代が加速するのではないだろうか。

Written by Shun Muraki. Thank you.