2022.08.09

試論

自分が美しくあるために、鏡が美しい必要はない。

コンピュータも道具である。

自分は「ハードウェアをきれいな状態で使っていたい」欲と「カバーとかつけて守ったり、慎重に持ち運ぶのは違う」という感覚が交錯しがちだったのだが、最近思うことは「ハードウェアがきれいであること」に意味はない、ということで、むしろ汚かったりちょっと壊れているくらいの方が画面の中の本題に集中しやすいように思う。

要するに、今の僕にとって理想的なマシンのあり様といったら「ちょっと壊れているけれどものすごくハイスペックなコンピュータ」である。それくらいがちょうどいい。

YouTubeは相変わらず観ないようにしているとはいえ、極めてやりたくないことがあるとどうしても向き合いたくなくなっYouTubeを開いてしまう。

そしてこの前見つけたのがこのチャンネル。とっても好みである。

https://www.youtube.com/c/alexbondoc

ちなみにYouTubeを観まくる人が多い理由はきっと「部屋でひとりだと寂しい」という孤独感の払拭が内在的にモチベーションになっていることが多いと気付いた。コロナの時代にYouTube(特にただ雑談したりただ出来事を淡々と流すような類)は元気なのはそういうことなんだなと。

だからどっちかといえばYouTuberという職業はクリエーターというよりは「みんなの友達」「みんなを相手してあげる人」なんだと思う。それはそれで重要なんだが、じゃあその人たちが代替の効かない、要は属人性を持ってしてファンを獲得しているかといえば微妙で、要するに多くのサブスクライバーは「話し相手・聞き相手になってくれれば誰でもいい」のかもしれない。

村木 瞬Shun Muraki
Web Designer

Neutral between linear and non-linear.

デジタルメディアのフォーマット
「Linear Native」について研究。

テーマは”リニアとノンリニアのニュートラル”