2022.08.31

最近の村木瞬

最近の村木瞬(#5)”キツさ”を喜べる段階にある

「選手はなぜ走り続けるのか。それはどこかを目指しているのではなく、ただ止まることが怖いのである」というのは面白い切り口だが、個人的には「キツいけど、でも自分は走ることがすべてだし、走ってさえいればいいような恵まれた環境にあるんだ」と思えることも同じくらい重要ではないかと思う。

おそらく「努力」というものには「身体的な努力」と「精神的な努力」のふたつがあって、多くの場合は「後悔」「劣等感」「不安」「嫉妬」「迷走」「失敗」みたいなものを乗り越えるための「精神的な努力」が先ずあって、あらゆるものに整理がついてきた時に「身体的な努力」のフェーズが「ラストスパート」のようにやってくる。「ラストスパートのように」というのはつまり、「あとはゴールまで走り切るだけだ!」と思いながら走った先は、いつも大抵はゴールではないことが多いからである。
要は精神的な努力をして身体的な努力をし、それがまた新しい精神的な努力のきっかけを生んで、というようなループを僕らはずっと繰り返す。

ただここ重要なのは、身体的な努力の先で行き着く場所が旅の最終目的地なのかどうかによらず、僕らは「ゴールだと思っている場所」まで走り切らなくちゃいけないということだ。とてつもなく長い時間がかかるが、でもやることはシンプルであり、苦しいのは心というよりも体の方であるようなフェーズを、必ず乗り越えなくちゃいけない。
その時には、当然「キツい」と思うことが何度もある。もう走れないよぉ!走りたくないよぉ!と思うことがある。時にはシンプルすぎて飽きを感じてしまうこともある。それでもやらなくちゃいけない。それでも手を動かさなくちゃいけない。だって手を動かし続ければ「ゴール」にたどり着けるから。それだけの話だから。

こんな時に大切にしたいのは、自分が今この瞬間も「これだけやってればゴールにたどり着ける」と思えている”超ラッキーボーイ”な状況にある、という自覚だ。

“自分が心から行きたい場所を見つけて、その時に伴うあらゆるネガティブな感情と折り合いをつける精神的な努力を乗り越え、もう最終到着地が遠くに望める、そんな場所まで来た。あとは走るだけだ。距離は果てしなく遠いが、でも確かに目指す場所はあそこにある”

こんな状況をつくれることは、はっきり言って奇跡である。陸上選手は走っている時に「疲れたなぁ、もうやめてぇなぁ」なんて思うんだろうか。まぁ時には思うかもしれないが、多くの場合は「走るの最高だぜぇ!!!フォおおお超キツい!超キツいけど超楽しい!」じゃないだろうか。そう、今「キツい」と思えていることは、とんでもなくハッピーな時間を過ごしていることの証なのではないか。

だから「あーーーあとこんなにやることあるのかぁ…キツいなぁ…」という気持ちは「ウォーーーー!あとこれだけやってればいいのね!これだけやってたらあそこに行けるのね!!よっしゃああああああああ」みたいな体育系のおバカマインドに切り替えてあげたい。

村木 瞬Shun Muraki
Web Designer

Neutral between linear and non-linear.

デジタルメディアのフォーマット
「Linear Native」について研究。

テーマは”リニアとノンリニアのニュートラル”