2022.08.24

最近の村木瞬

試論

最近の村木瞬(#4) ピカソ「子供は誰でも芸術家だ。問題は大人になっても、芸術家でいられるかどうかだ」

今の自分が抱く負の感情とその原因をすべて取り除くことができると「望ましい過去の自分」に回帰する。ここでの「望ましい過去の自分」とは、それまでの人生で最も楽しかった時の自身だ。

そして「今の自分」と「望ましい過去の自分」が紙一重の人もいれば、かけ離れている人もいる。野球選手が腕を負傷したら、その腕さえ治せば「望ましい過去の自分」を取り戻せる一方で、例えばみんなが素直で純粋だった小学生の頃の「望ましい過去の自分」を、今から取り戻すことは相当に難しい。

いずれにせよ「望ましい過去の自分」がいつの自分だったかが分かるなら、構造的に、つまり生活環境を当時へ現状復帰することが、望ましい自分になるためのショートカットだと考える。ただ、往々にして僕たちは時間の経過とともに、過去への憧憬や、当時の感覚を忘れ去ってしまう。
だからこそ、今の自分が何を感じるかが大切なのだ。当時の感覚は、必ず潜在的に反応して感情を表出させる。僕らはそれらをヒントに、帰納法的に「望ましい過去の自分」へ迫っていける。

枝分かれの迷路をイメージすれば解りやすいかもしれない。自分の胸が躍ったらその道を進み、負の感情が芽生えたら、戻って他の方向へ舵を切る。そうして階層はますます深まっていく。
「こっちだ」と思って進んだ先が行き止まり、ということもある。それは「今の自分」の思い込みによるものだ。つまり、本当はどこかでわずかばかり負の感情がつのっているのである。

そして迷路と同様、道を選択し続けているその間に、ゴールの所在を知ることはない。そう、果てしない迷路の行き着くゴールは、ゴールするほんの寸前に初めて判明する。

『ダヴィンチ・コード』はこの一連の話を象徴しているように思える。聖杯を求めて世界中を飛び回り、すべての謎が解けた時に聖杯のありかを知る。そして何より興味深いのは、作品と同様、多くの場合に僕たちが魅せられている未来は、すべてが始まった原点にあるということである。

村木 瞬Shun Muraki
Web Designer

Neutral between linear and non-linear.

デジタルメディアのフォーマット
「Linear Native」について研究。

テーマは”リニアとノンリニアのニュートラル”