2022.05.14

最近の村木瞬

最近の村木瞬(#1)

いつの間にか季節は5月を迎えてしまい、そろそろ夏がやってこようとしている。
最近は相変わらず「最大可能時間をベストパフォーマンスで駆け抜けて一日を終えるには?」というイシューに向き合っていて、その足並みがかなり揃ってきたことを実感している。
真面目に生活習慣とかパフォーマンスのことについて考え始めたのは高校2年の夏頃で、当時「『超』がつくほどストイックな一夏を過ごしたら検証」なるものをやっていたのが懐かしい。
高校2年生は一夏でどれだけ変われるのか検証します。
「超」がつくほどストイックな一夏を過ごしたら検証の総括!(8/30, 8/31の振り返りあり)
そして、最近はかなり大元の目標を達成できているような気がしてて、その点についてはかなり成長したなぁと思う。

これまで僕は「Fims」とか「Odds」と名前を変えながら最終的に「Native」という名前に落ち着いたソフトウェアを開発するために日々精進してきたし、今もそれは一緒。
自分は「ファッションを斥け、スタイルの発明と芸術が融和した、世界中の人々に慕われる製品を創り、新機軸の責任を担うに相応しい会社を築く」が今のところ長くビジョンステートメントとしてしっくりきていて、つまるところ「大きい会社を創りたい」というよりは「偉大なプロダクトを創りたい」「そのサンドボックスとして立派な会社を築きたい」といったモチベーションで人生を生きている。
Nativeの構想についてはかなり前から持っていて、でも大学受験が挟まったことでだいぶメンタル的にやられたり、それがひと段落してからも、大学入学までの期間は自分の人生について向き合う時間で満たされてしまった。それは本来生じないはずのギャップイヤーみたいなもので、あのタイミングでその機会に自分と向き合う時間をたっぷり取れたことはかなり大きかったと思っているし、だから今があるんじゃ、と思えばごもっとも。
しかし一向にNativeの開発には漕ぎ着けないまま、自分のルーティーンや生活スタイルについて足並みを揃えることにだいぶエネルギーを使ってきたのがこれまで。結局自分が何をしたいのか、どうなりたいのかが分かっていないとルーティーンも生活スタイルも考えることはできなくって、イメージで言うと「どの山に登るか」が決まらないと、その山を「どう登るか」についての思考ができない、というわけである。

まとめてしまえば、「目的地」や「目的地までの歩き方」について立ち止まって試行錯誤しながら、一向に目的地に向かって前進はしないまま10ヶ月くらいが経った、というわけである。
もちろんその過程でいろんな思考の変化だったり新しいものの獲得はあったけれど、でも「よし、足並みは揃った、あとはアクセルを踏みまくるだけだ!!!猪突猛進!!」といった姿勢でやってこれた感触は皆無である。
だいぶ話が遠回りしたが、今日は最近の村木くんはどうか、という話。
結論から言えば、これまでの助走を読めば察せるかもしれないけど、今村木くんは「登る山が分か」って「登り方を見つけ」て「アクセル全開で登り出し」ている。
世界的な投資家のウォーレン・バフェットさんは、人生においてどれだけ早く習慣を確立することが重要であるかを学生に語っている。
https://www.youtube.com/watch?v=ldPh0_zEykU&t=37s
僕は結局のところ「視線の先を変えずにアクセル全開で目的地に向かって風の如く駆け抜けたい」だけで、これが最近できるようになったことが、何より嬉しい。
もちろん細かいことはチューニングしていかなくちゃいけない。でも、ファンダメンタルはかなり固まってきたと思うし、それは数年前からの試行錯誤の末、自分の身体感覚がその「洒脱化」に慣れてきたことも寄与しているはず。(急にYouTubeを観ないで生活しようとしても難しいけれど、数年前から少しずつ視聴時間を削っていった挙句、それが容易にできるようになってた、とか。)

https://shunmuraki.tumblr.com/post/685287033378357249

大学生活が始まってから、かなり新しい生活・環境にあたふたしていたが、これから4年ほど続く大学での時間も含めた習慣・生活スタイルも整理できたのが2022.5.13くらい。
大きく変わったことは、日記をつけるようになったことや、音楽を聴く時間や聴く音楽のマネジメントをするようになったことだと思う。
日記は一日の終わりに書くというよりは、予めアプリ(Day One)を開いておいて、そこにリアルタイムで事象を書き加えていくような形をとっている。これをするとかなり心の整理が付きやすくなった(書きながら整理する、という体験になってる)からすごくいい習慣。
それから心の落ち着き度合いが極めてパフォーマンスとか作業時間の伸縮に影響していることから、基本的にはクラシック音楽以外は聴かないような生活を試験的に送っている。心が落ち着いていると、テキストとかもかなり目に入ってきやすくって、そうすると作業に入りやすくなる。
何よりクラシックがよく耳に響くくらいの安定があるとかなり作業を楽しめるのである(清貧でいられる、ということ。ピアノの音が聴こえるだけでハッピーになれるし、キーボードをタイピングすることも気持ちいいと思えて、作業そのものが目的化しやすい)。
また、どうしても心が落ち着かないとか、集中力が戻ってこなくなった時は、こうやって文章を書くようにしている。しっかりテキストのインプット・アウトプットと頭の活用の反復ができるような状態に無理やり戻したいのである。

そんなこんなで、僕は今「とっても楽しい」。
このままずっと、風のように駆け抜けたい。

村木 瞬Shun Muraki
Web Designer

Neutral between linear and non-linear.

デジタルメディアのフォーマット
「Linear Native」について研究。

テーマは”リニアとノンリニアのニュートラル”