2022.09.01

試論

タイトルもつかないような発信はナチュラルだろうか

昔高校の先生が「Twitterが革新的だったのは、投稿するときにタイトルが要らないことだったと思うんだよね」と話していたことがすごく頭に残っている。
確かにそうだ。WordPressにしたってnoteにしたって、なぜか当然のように「ここにタイトルを書いてください」ゾーンが存在する。

この「タイトルをどうしよう問題」にはわりと深い思考の余地があると思うんだけど、個人的に現時点で思うことは「タイトルをつけるモチベーションすらないような発信やコンテンツは、時代の変化とともに減っていくのでは」ということ。
要するに今はSNSたるものが盛り上がりを見せているからこそ、タイトルもつかないような発信が増えている。でも、これは冷静な視線で見つめると「バブル」であるように思う。要するにもう少し時間が経てば、SNSで「つぶやく」「セルフィーをアップする」といったことはおさまっていくんじゃないかと。

なぜかといえば、「タイトル」というのはその発信の「目的」そのものであり、「タイトルがない」ということは、それは「意義がない」ものであることを意味するからだ。

「意義がないことをするにはリスクが大きすぎる」
そう気付いて、呼吸をするようにタイトルのない発信をすることをやめる人が増えていきそうな予感があるのである。

村木 瞬Shun Muraki
Web Designer

Neutral between linear and non-linear.

デジタルメディアのフォーマット
「Linear Native」について研究。

テーマは”リニアとノンリニアのニュートラル”