2022.03.04

『クリエイターエコノミーの本質的実現に向けたロードマップを下書きする』

概要

先日、カナダの高校に通う日本の友人と久しぶりに通話をしたところ、どうやら彼はカナダの大学に進学するそうだった。以降お互いの近い将来について話が転々としていったのだが、何を間違えたのか、終盤を迎えた頃には「一緒にYouTubeをやろう!」と意気投合していた。時刻は夜中の二時を回っていたが、それからは二人で妙な高揚感を共有し、電話を切ってからどっと疲労感が襲ってきたのを覚えている。眠い目を擦りながらも、耳元でハキハキと爽快に響く彼の声に波長を合わせて会話をしていたせいだ。
その時は彼のテンションの高さには違和感を覚えつつも、それはきっと自分と久しぶりに話せたことが嬉しいんだろうと解釈していた。しかしあとになってそれが「時差」の仕業だったことに気付いた。そう、私が睡魔と闘っている間、奴はカナダで爽やかに私とのモーニングコールを楽しんでいたのである。
2021年は「クリエイターエコノミー」の元年なんだそうだ。最近はブロックチェーンやそれに紐付くNFTが黎明期に入ったことも手伝って、この「クリエイターエコノミー」はホットワードとなっている。NewsPicksでこれについての特集が組まれたあたりから、私はこれについて強く興味を抱いていたのだが、学業や自身の日頃の活動も相まって、関連する情報をインプットする機会を後回しにしてきた。
そして本レポートの提出が義務付けられたことは、期限の設定が苦手な私にとっては福音であり、このたびようやく「クリエイターエコノミー」について真剣に向き合う運びとなった。
本文では理想的なクリエイターエコノミーについての概論に加え、その実現に向けてどんな施策を打ち出すことができるかという点について、独自の視点も交えながら論じている。
私は活動のステートメントとして「記事の帰属する多様な環境の独創的な構想と既存技術による客体化を循環する」を掲げている。自身が日々取り組むことについて剪定したり安心感を担保するためだ。そして、このステートメントに”記事”というワードが入っているように、私は「記事」に対して強烈なパッションとオリジナルな視点を拵えている自負がある。なぜ記事にこだわるのか、理由を言語化することは困難だが、なんというか、どうしようもなくロマンを感じるのである。従って本レポートのタイトルには「クリエイターエコノミーのロードマップを下書きする」と銘打っているが、中身は「記事」というメディアについての論考が偏重していることを予め断っておきたい。また、大学受験に取り組む期間に脇に退けていたタスクに振り回されたり、燃え尽き症候群と格闘していたことから、本課題へ割く時間が縮小してしまい、深い思考を盛り込むことができなかった点について反省する。
以下は本論の構成である。
第一章ではタイトルにもある“本質的なクリエイターエコノミー”の定義について述べ、第二章にて「クリエイター」以外のステークホルダーの存在を強調しつつ、現在のクリエイターエコノミーがテクノロジーによってどのように変化・形成されているかを今後の推測も含めて論じている。最後の第三章では「クリエイター」の視点に立ち、「クリエイター自身の創作体験がどのように変化していくのか」という点について現在の動向から今後のグランドデザインまでを考察している。

第一章 “本質的なクリエイターエコノミー”の定義

「理想的なクリエイターエコノミーとは」を考える前に、始めに「クリエイター」の定義について考えておきたい。流通用語辞典には、以下のように記述されている(注1)。
“創造者、創作者をいう。広告業界では、広告をつくる創作技術者。広告制作にたずさわるアート・ディレクター、イラストレーター、コピーライター、カメラマンなどの総称”
これを見る限り、「クリエイター」とは、あらゆる創作をする人の中でもいわゆる「クリエイティブ業界」寄りの人々を指し示しそうだ。
私は今世界に存在するクリエイターは「”機能”型」と「”人”型」に大別できると考えている。具体的には、前者はエンジニアやデザイナー、後者はYouTuberやTikToker、アーティストなどを指す。そして現在盛り上がりをみせているクリエイターエコノミーは、この両方を包含していると考えてよいだろう。
クリエイターエコノミーとは、その名の通り「個人クリエイターの情報発信や行動によって、形成された経済圏」のことをいう。(注2)
そして、私の考える「本質的なクリエイターエコノミー」が実現した社会とは、すべてのクリエイターが「自身の創作に対する実質的な対価」・「成長する機会」・「能力を十分に発揮できる環境」を享受できる社会である。本レポートでは、これら3つの要素について考察する。

第二章 「クリエイターじゃない人」から変える

その場で回収する収益モデル

1つ目の「自身の創作に対する実質的な対価」についてだが、前出の「”機能”型」と「”人”型」に当てはめて現状を分析したい。
エンジニアやデザイナーのような「”機能”型」に求められる能力は「技術」である。例えば私はフリーのWebデザイナーとして活動をすることがあるが、この時私が評価されるのは「独創性」や「センス」といった側面よりも「デザインスキル」や「コーディングスキル」である。このように「”機能”型」クリエイターは、より高い技術力を求められる仕事を受ければ大きな報酬を受けられるし、誰でもできるような低次のアウトプットについてはなかなかお金が支払われない。これはクラウドソーシングサービスで各々の依頼に掲示されている報酬金額を見れば一目瞭然だ。
しかし、この整理には疑問も残る。例えばWebライターという仕事を考えた時に、彼らの仕事は「調べて編纂すること」だが、最終的なアウトプットに着目すれば、どれだけ優れた記事であっても、得られる報酬は「文字数×文字単価」として計上されてしまう。
つまるところ、「何を創るか」が同じでも「どう稼ぐか」は全く別のレイヤーにあって、他にも後者には「書いた記事によって商品を売り上げた金額」に対応したロイヤリティーがライターに支払われるような形態があったり、自分でメディアを運営して広告費で収入を得るような方法だってあるわけだ。
ここでポイントとなるのは、いずれも「広告」の存在が関係する点だ。クリエイターエコノミーのブームの最中で「Webは広告モデルから抜け出すことができないのか」という議論がある。
いつまでもWebが広告モデルで回る場所では、ここで「ちょっと書いてちょっと稼ぐ」ような体験はいつまでも実現しないし、労働力に対する正しい報酬も受け取りづらいままだ。
ライターの収益モデルについて新たなアプローチを行ったプラットフォームもある。Mediumは記事の滞在時間に応じてライターに報酬を還元するようにした。同社の会員があるライターの作品を読むのに10%の時間を費やした場合、そのライターは会員のレベニューシェアの10%を受け取ることになる。(注3) この「動画コンテンツ的」な収益システムについては、仮想通貨を扱うリップルのCTOステファン・トーマス氏も似たような見解を示している(注4)。
「ウェブサイトへの訪問に応じて、自動的にお金の移動が起きることが肝であり、どれぐらいの時間やお金をオンラインで費やしているのか、ブラウザー側で管理する仕組みを構築することが必要だ」
また、私は他に広告モデルの延長で新しいアプローチを提案したい。それは、「ブラウジングのUXをアップデートする」というもの。
https://lh5.googleusercontent.com/bHWSw0-ZS2XFeuFsBVQRcpJjfgfIAk2xeE7fFxDgGK24i4fdUMUTNdFs4P5HbRT0jNkv3y_pr8u6Dit2tO0DyEsIQWErwJhS4oX6XyhzrBH7FulGylDUm2lFyW9CMVJrrQVsYy-v
既存のWebブラウザの多くは、外部リンクをクリックすれば、全く新しいページが画面全体を覆うように最上部から表示されるようになっている。これは構造的に極めて自然な体験だと言えるが、私はこの「ディスプレイ全体が置き換えられてしまう」という前提に立った時に、オーディエンスは現在見ている記事から別のページへ移動することに心的ハードルを覚えてしまうのではないかと考察した。
書店に足を運んだ時を想像してほしい。「ビジネス」というジャンルの棚に「ブロックチェーン」やら「NFT」やら、最新のトレンドに乗じた本が並んでいる(この課題に取り組むにあたって筆者もまんまとこの手の策に乗っかってしまったが)。なんとなく目がとまった本を引っ張り出して、さらっと視てから現状復帰をして、すぐまた隣の本を手にとって開く。こんなことをよくすると思うのだが、よく考えてほしい。
この「背表紙のタイトルだけを頼りに、何冊も本を引き出して開くことを繰り返す」ような体験は、記事の閲覧中にあり得ただろうか。少なくとも私はしたことがない。そもそも記事にはタイトルとともに「サムネイル」や「あらすじ」が表示されてリンクになっていることがほとんどだし、それがもし目に入っても、それを進んでクリックし続けるようなことは稀有なことではないだろうか。
この「書店」と「Web」が体験の違いを生んでいるのは「試しに開いた時」の「視野の占有率」に他ならない。本はどれだけ手にとっても視界の変化は大きくない一方で、Webは一度クリックしただけで「ちょっとの興味で試しに開いたページ」が「ディスプレイという視界領域」すべてを埋め尽くしてしまうのだ。
このように考えれば、図のようにディスプレイを分割して、横スライドでページを往来するようにするのはひとつ有効なアプローチだと言えないだろうか(現在モバイルのSafariではタブ単位で左右のスウィッチング機能が実装されている。この構想はこれに表示の変化を抑えつつ、ページを読む際の「上下」の動きで現在のページとリンク先のページをそのままスムーズに行き来できるよう工夫をあしらった意匠である)。
ここまで「”機能”型」のクリエイターについて掘り下げてきたが、次に後者のインフルエンサーやアーティストのような「”人”型」クリエイターに焦点を当てよう。
彼らは自身の「オリジナリティー」を評価されるわけだが、クリエイターエコノミーが内包するトピックの中でも大きく占める「プラットフォーマー中心から、アーティスト中心へ」というパラダイムシフトがここで関わってくる。
『BLOCK CHAIN REVOLUTION』で〇〇氏が音楽業界における収益分配構造について詳細に記述しているが、楽曲のストリーミング配信プラットフォームで問題とされているのは、プラットフォームや介在するレーベルなどが収益を分配し、アーティストは残ったわずかな分しか収入を得られない点だ(注5) 。これに対してブロックチェーン技術を導入した新たなコンテンツの流通システムがリプレースを仕掛けに乱立してきていることは「プラットフォーマーの終焉」としてよく知られた動きだろう。
また、前出の「”人”型」クリエイターの特徴に加えて着眼したいのは「すべての『”人”型』クリエイターのアウトプットは均質である」ということだ。例えば音楽ジャンルではどんなクリエイターでも最終的な創作物は「曲」な訳で、その玉石混交の中でオリジナリティーを評価してもらうことは非常に困難なのだ。
しかし、ここでプラットフォームの「キュレーター」としての役割が功を奏す。ユーザーは膨大な同形式のメディアコンテンツを「受動的に発見」し、そのクリエイターのファンとなるケースが増えてきている。いくらUGCのようなWeb2.0の文化に対峙するサービスが台頭してきても、今後もプラットフォームは姿を変えて存在し続けるに違いない。
「発見する場所としてのプラットフォーム」の最たる例が「TikTok」である。TikTokでは精緻なAI技術によってオーディエンスの意思に関知せず、オーディエンスの「ツボにハマる」動画がレコメンドされる。そして、TikTokで知名度を獲得したことをきっかけにYouTubeチャンネルを開設し、動画クリエイターになるケースはかなり一般化した流れである。
しかし、ここにはもうひとつクリエイターエコノミーに絡む重要な点が潜んでいる。それは、TikTokのようなショート動画でヒットしてインフルエンサーとなったクリエイターが、最初から十分に自身のオリジナリティーを発揮する能力を兼ね備えていることは稀である、という点だ。TechCrunchはTikTokの性質について以下のようにまとめている(注6)。
「TikTokにおける最大のスターは、いわゆる「スター」ではなく、たまたまおもしろくて、賢くて、痛烈で、アルゴリズムの運と自分の創造性だけで視聴者を集めたごく一般の人々である。たとえ有名でなくても、多くのクリエイターがニッチなフィールドを見つけ、熱心なファンを獲得している。彼らは(オーディエンスの)貴重な注目と視聴率を奪う新しいプレイヤーだ」
実際今日活躍しているインフルエンサー出身の動画クリエイターが初期に投稿したコンテンツを拝聴すると、お世辞にもクオリティーが高いとは言えなかったり、最新の動画と比較してオリジナリティーを表現できていないケースがほとんどなのだ。
以上の点をまとめると、「発見された人」が「優れたクリエイター」であるとするのは誤った解釈であり、正しくは「偶発的に発見された人が、努力してクリエイターとして求められる能力へキャッチアップした」のである。
ここで私が指摘したいことは「どんなクリエイターでも、成長する機会が与えられることでよりオリジナリティーを追求し、創作にそれを落とし込むことで活躍するクリエイターとなり得る」ということで、これは冒頭に申し上げた「本質的なクリエイターエコノミー」を構成する三つの要素のうちの二つ目、「成長する機会」についての議論に繋がってくる。

長期的に回収する収益モデル

これ以降は「クリエイターをどのように成長させるか」について議論を進めたい。
まず大前提として共有しておきたいことは、クリエイターエコノミーを支えるテック企業やDAOが扱うのはあくまでクリエイターの創作物であり、換言すれば彼らの成功はクリエイター自身の成功と切り離せない関係にあるということだ(注7)。つまり、リエイターが成長できる環境を目指すことは夢物語ではなく、現実的に取り組まなければならない課題なのだ。そして初めにお茶請けに述べたいのは「企業が動画クリエイターのスポンサーになる」ケースが増加している、という最近の動向だ。
これは海外ではかなり浸透しているが、国内ではまだ「案件動画」という形が多くとられている印象がある。この「案件動画」というのは、国内では動画クリエイターが企業のプロダクトをテーマにオリジナルな創作を行い動画を公開する様式である。本質的にはスポンサードの動画と言えるのだろうが、海外のケースはこれと異なり、コンテンツと企業のプロダクトの紹介を切り分けていることが多い。要するにクリエイターは作りたい動画を作って、その前後に全く別の文脈で(CMのような形で)スポンサーのプロダクトを口頭で紹介するのだ。
いずれにしても、企業はクリエイターの発信力・影響力を無視できなくなってきている。私はクリエイターのコンテンツ内で否が応でもランダムに数秒間の場違いなCMが挟まれるくらいであれば、このように企業がクリエイターと1on1で契約を結んだ方が、企業にとってもクリエイターにとってもサブスクライバーにとっても嬉しいと考えているのだが、これを「クリエイターの成長段階」から実施することはできないだろうか、というのがここでの本題だ。
ブロックチェーン技術の活用が広がる中で「ICO(現在はIEO)」という資金調達の手段が生まれた。これはアーティスト個人が発行したトークンを初期のファンが購入することで、アーティストは活動支援が受けられるし、ファンはそのアーティストが世に出た時に高値でトークンを売ることができる仕組みだ。
これを「企業」と「クリエイター」という関係に転用して、例えばまだ無名のクリエイターを「ターゲット層」や「イメージキャラクターとしての適性」といった指標から数名を選出し、自社の「クリエイティブ広報担当」とし、彼らの発行するトークンを購入する。企業は経過を追って新米クリエイターの創作物から成長度合いやオリジナリティーの表出について見極め、そのトークンを追加購入したり売却することができるため、低リスクの投資から、自社のマーケティング面を強化したり、トークン自体での利益創出が期待できる。
似たような形式として、企業が著名人に対して株を譲渡することも実際に行われている。これにより著名人は自身の資産を増やすことをインセンティブに、企業の商品のプロモーションを積極的に行うようになるわけだ。ただ駆け出しのクリエイターと企業の対峙を考えた際にはマイクロペイメントが現実的であり、またクリエイター自身のスマートコントラクトが機能することも、ブロックチェーン技術を活用することのメリットと言えよう。
本章に先駆けて記述したように、クリエイターの成功をエンパワーメントすることは、クリエイターテックにとっては自然な投資である。この前提と以上のような事例を鑑みると、新興のクリエイターテックが路傍のクリエイターに自社のサービスでNFT商品を発行させて、さらにそのトークンを自社で投資目的として購入することでシナジーを生んでサービスの成功を試みるような「スノーボール的発想」があってもおかしくないと思うのだが、これについては別の機会に知識を増やしながら考えることとする。

第三章 「クリエイター」から変える

これまでクリエイターに「自身の創作に対する実質的な対価」が支払われるために世界でどんな動きがみられるのか、またクリエイター自身が「成長する機会」をどう実装していくかという二方向から、本質的なクリエイターエコノミーの実現について考えてきた。
この章では最後にクリエイターが「能力を十分に発揮できる環境」とはどんなもので、どういったアプローチが考えられるのかを、これも技術的な進歩と絡めて深掘りしていこうと考えている。

著作権とブロックチェーン、表現の拡張

このクリエイターエコノミーのブームには、ブロックチェーン技術が大きく作用しているわけだが、中でも「いかにもブロックチェーンらしいアプローチ」がある。それは「創作物の所在を見える化」することで「二次流通」や「二次創作」を透明化しつつ推進させる、というものだ。
デジタルデータの特徴は「コピー・アンド・ペースト」によって同質・同等のものが無限に複製できる点だ。すると当然ながら自然現象的に著作権に違反するような「二次〇〇」が引き起こされて問題になる。これは長らくデジタルクリエーションの課題であったわけだが、ここに救世主として現れたのがNFTだった。「二次〇〇」に対してクリエイター自身が「誰に、どの場所で、どれくらい、何を許可するのか」を詳細に設定できるようになったのである。ロイヤリティーの設定もここに含まれるわけだが、これら一連の動きを俯瞰した時に、クリエイターとしてのステークホルダーは実は「NFTの発行者」だけではない。そう、二次創作をするのは、紛れもない「クリエイター」なのだ。
私がここで言いたいのは、NFTはクリエイターに対して「自身の創作に対する実質的な対価」が支払われるようにしただけではなく、クリエイターの創作可能性をも拡張したということである。
ゼロベースで創作を始めることは困難でも、誰かの創作物に手を加えて「リメイク」することだって立派なクリエーションだし、それが得意な人だっていて不思議じゃない(YouTubeの”切り抜きさん”は好例だろう)。
クリエイターの「創作最中」にも、変化は起こっているのだ。
NFTだけじゃない。先ほどデジタルデータの特徴は「複製ができること」だと述べたが、これを「長所」と捉えて著作権関連の問題を解決しようとする動きがある。具体的にはAvexの「A Trust」などが該当するが、これは「創作物の所在を公表し、二次利用をする場合は証明書が発行できる」サービスである。特徴としては「複製を取り締まる」のではなく「証明がないものはすべて偽物で違法である」という背理法的な表明を暗示させることにある。すべてそのサービス内で二次創作のためのデータが揃う上に証明書が発行されるのであれば、わざわざ非合理的かつ違法な手段を選択するケースは削減できるのだ(注8)。

コンテクストデザインの重要性、「創作」の変容

このように、クリエイターが自身のポテンシャルを創作物に落とし込めるような環境は整いつつあり、これが進めば「クリエーション」も「クリエイター」も飛躍的に多様性を増していくことが期待できるだろう。
また、二次創作がもっと一般化した暁には、Takramの渡邉康太郎氏が提唱するコンテクストデザインの視点が鍵になると私は考える。コンテクストデザインとは「Con-texere」のデザインであり、つまるところ「作り手と使い手が創作物を共同で編む」仕掛けを忍ばせることだ(注9)。
具体例としてTakramが制作した「FLORIOGRAPHY」を挙げよう。これは一見すると花束なのだが、「夕食」「コーヒー」「美術館」といった日常茶飯の単語のほか、贈り手と受け手の間でだけ意味を持つ「いつもの場所」などの言葉が花を包む紙にエンボスされており、花束を受け取った相手は、その紙のの上で二人の関係性を反芻し、言葉を紡いで次の約束を交わすきっかけを交わせるような工夫が施されている。
二次創作が当たり前となった時、クリエイターは個々に「二次創作を前提としたクリエーション( = コンテクストデザイン)」と向き合い、創意工夫を凝らすようになることは間違いないだろう。
Netflixで「2倍速」再生が可能になった時、映画において時間経過が重要な表現であることから「オーディエンスが映画監督の意図を歪曲・破棄してしまうのはいかがなものか」という議論が巻き起こった。テクノロジーは「映画」の概念を変えつつある。
”深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。”
ブロックチェーン技術の発展を始め、私たちが「クリエイターエコノミー」という春の青写真を現実に描き移すたび、「創作」という概念もまた、四季折々の変遷を辿るのである。
私は今、人の執筆を変えるための努力をしている。YouTubeやTikTokなどの動画配信プラットフォームの祝祭性はもとより、5Gやメタバースの普及を鑑みても「映像」と「音声」を用いて「執筆」ができないのはおかしい。本気でそう思っている。
https://lh6.googleusercontent.com/NV6cF-cDZsu3kfKFToRt8yikBHK4Z7Y2aLj7oDP3RLAJWJGIH4kYNd5iUKbocSAo2Uj5wjt59hz2FtsWz65mtl0ll85RGu-fRJ5ja142Y3takEAl_dZMEITda2NgUGdUv17I-XzL
そこで私は「リニアネイティブ」という記事のフォーマットを考案し、またこれに基づいてあらゆる人が「テキスト・画像・映像・音声」すべての表現メディアを自由に用いて記事を執筆できるライティングワークスペース「ネイティブ」の開発を志している。
https://lh4.googleusercontent.com/uFIFP2cAPbAZbAbcCytdrzeCkaArW8UxoK7o0LPEEQrt7ZCMZmY0LOVfbwaLPwYoedW8U_buaEQv-F0mSF-oPpDI97RQfTJtW4zaMwV_catPEKjnht1aNPqvE5_tufYTOIENuLjR
具体的な将来性について記述は割愛するが、私はこれらによって「リリックビデオのような記事」や「アニメらしい漫画」、「小説らしい映画」などがあらゆるクリエイターによって生み出されると確信している。人の表現はもっと多様になり、個々のオリジナリティーは解放される。マーケティングやマネタイズの手法も新しくなる。
ブロックチェーン技術によってますます扱える素材が増えたり、それらを専用ソフトで加工しつつネイティブで全体を思うままに編纂できるようになったり。そんなふうに、クリエイターが能力を十分に発揮できる環境が整っていくことは、この本質的なクリエイターエコノミーの実現に繋がる最も根本的な変化と言えるのではないだろうか。

引用注

(注1)https://www.weblio.jp/content/クリエーター
(注2)https://staseon.com/library/article_803/#:~:text=クリエイターエコノミーとは、YouTuber,のことを指します。
(注3)https://jp.techcrunch.com/2021/08/23/2021-08-11-medium-revamps-its-partner-program-launching-new-eligibility-requirements-and-referral-bonuses/
(注4)https://newspicks.com/news/5685141/body/
(注5)ドン・タブスコット、アレックス・タブスコット共著 『BLOCK CHAIN REVOLUTION』 2016年出版 p.253 – p.257
(注6)https://jp.techcrunch.com/2022/01/02/2021-11-23-small-creators-are-big-business/
(注7)https://jp.techcrunch.com/2022/01/02/2021-11-23-small-creators-are-big-business/
(注8)https://avex.com/jp/ja/contents/avex-x-blockchain-new-technology/
(注9)https://industry-co-creation.com/management/70952

参考文献

ドン・タブスコット、アレックス・タブスコット共著 『BLOCK CHAIN REVOLUTION』 2016年出版
天羽健介、増田雅史編書 『NFTの教科書』 2021年出版
坪井大輔著 『WHY BLOCK CHAIN』 2019年出版
岡嶋裕史共著 『メタバースとは何か』 2022年出版
大塚雄介著 『いまさら聞けないビットコインとブロックチェーン』 2021年出版
マーク・ジェフリー著 『データ・ドリブン・マーケティング』 2017年出版

村木 瞬Shun Muraki
Web Designer

Neutral between linear and non-linear.

デジタルメディアのフォーマット
「Linear Native」について研究。

テーマは”リニアとノンリニアのニュートラル”